ならばサラセニアをもらおう

ただ単にうちの子をまとめるためだけに作られたブログ。

泣いてみてよ

とある親子の話。



「母さん」
子どもが呼びかけた。
母親はそれに答えない。
「お母さん」
少女、もとい少年マシューはもう一度呼びかけた。
それでも母親、オルソビアンは答えない。
下を向いたままだ。
少年は諦め独り言の様に喋り出す。
「母さん、母さんは俺を愛してくれた?」
「…当たり前でしょう。今も愛してるわ。」
母親はついに口を開く。
小さな小さな蚊の鳴くような声で、喋る。
「母さんはね、ちゃんと謝ってくれたよ。」
「そうよ、私は貴方に謝ったわ。こんなことになってごめんなさいって。私のせいで苦しい思いさせてごめんなさいって。」
つらつらと述べる。まるでこの質問が来ることを分かっていたかの如く。

「謝るだけで済む話?」

普通なら母親に対して向けないであろう恐ろしく冷たい声で少年はそう言った。

鼻をすする音が響く。
今は広い部屋に二人だけ。
母親が発する音しか聞こえてこない。
そんな中、少年はまだ喋る。
「母さんはどう思ってるの?趣味でもないのに年頃の男子が女の格好をして、女ばっかりのとこに入れられて、ある人からは男だからって虐げられて。」
母親はまた口を閉じる。
何も言わない。答えない。
「ねぇ」
「答えてよ」
「あんたは俺の母さんでしょ」

また沈黙がやってきた。
少年も喋ることをやめた。
母親もまた喋ることをやめている。

「…母さん、俺は母さんをいじめてる訳じゃないんだよ。ただ俺をどう思ってるのか聞きたいだけなんだよ。」
「……最初にも言ったでしょう?貴方は私の一人息子よ。愛さない訳がないでしょう?」
「なら泣いてよ。」
母親は硬直したようだった。
「俺を思うなら、泣いてみてよ…!」
ずっと下を向いていた母親が顔を上げた。

母親は涙を流していなかった。
あれほど鼻をすすり、嗚咽を漏らしている様だったのに。
彼女は泣いていなかった。

クマが濃くなっている目で少年をじっと見る。
母親は口を開いた。
「知ってるくせに。」
少年はわざとらしく首をかしげる。
その顔は¨なんのこと?¨とでも言いたそうだ。
母親は少し顔を歪める。
「貴方は私がこういう体質だって知ってるでしょう。」
「病気の間違いでしょ。」
「知ってるんじゃない。」
母親は眉間の皺のほりを深めた。

「ずっと悪いと思ってる。ずっと感謝もしてる。だけど涙を流すのは無理よ。結晶でいいなら流すけど。」
「俺が望んでるのは液体状の体液だよ。」
「気持ち悪い言い方しないでちょうだい。」
会話の内容は一見おかしいが、姿だけ見ていると軽口を言い合っている普通の親子の様だ。
少年はそっと母親を抱き締めた。
「ごめんね、母さん。さっきも言ったけどいじめたかった訳じゃないんだ。」
「大丈夫よ。私は大事な息子の言うことを信じるの。」


奇妙な親子
(そんなに言うなら涙を流してよ。痛みを我慢してでも、俺の為に泣いてよ。)



オルソビアンとマシューの話。
この頃はまだ残雪にマシューが所属していたのです。